関東在住旧制松江中学・松江高校・松江北高同窓生を中心に全同窓生が交流・親睦を図り母校の発展に寄与する場です。
令和以前のホームページ
島根県立松江北高等学校 近畿双松会

     

終息へ願いを込め 妖怪「アマビエ」 
中村康一前東京双松会事務局長
(北高16期、調布市在住)

このところ、SNS、新聞などで話題の疫病退散のシンボル「アマビエ」。
調布市が境港市出身の名誉市民水木しげるさんの描いたアマビエのイラストの提供を始めましたので紹介いたします。(5月1日より、商業利用禁止)
コロナウイルスに負けないよう、一人一人が我慢強い闘いを継続して行きたいものです。

*アマビエ
弘化3年(1846年)4月中旬発行の瓦版によると.....
肥後国(熊本県)の海中に毎夜光るものがあるので、ある役人が行ってみたところ、アマビエと名乗る化け物が現れて、「当年より6ヶ年は豊作となるが、もし流行病が流行ったら人々に私の写しを見せるように」といって、再び海中に没したという。
この瓦版には、髪の毛が長く、くちばしを持った人魚のようなアマビエの姿が描かれ、肥後の役人が写したとある。
(解説: 日本妖怪大事典より 画◎水木しげる、編◎村上健司 ©2005角川書店)

2020年5月26日掲載

「続く感染症との闘い~グローバリズムの真価が問われる」
山陰中央新報掲載(2020年4月19日1面「羅針盤」
より)
東京双松会 毛利信二副会長(北高27期/理数科6期)

 新型コロナウイルスの災禍が見通せず、生活だけでなく社会・経済にも不安と沈滞ムードが広がる。政府の新たな経済対策が少しでも安心をもたらしてくれることを期待したい。
 ヒトからヒトへというこの感染症の世界的蔓延は、改めてグローバル化を認識させた。最初に確認されたとされる武漢という地名に、かつて強大な秦に対し「合従連衡」を模索した諸国の一つ「楚」の中心的都市を浮かべる人は少なく、初めは、彼の国のローカルニュースとしてあまり気にも留められなかったはずだ。が、その後、数カ月にしてほぼ世界中に感染が広がったことは。感染力もさることながら現代のヒト・モノ交流の広がりとスピードを思い知らせるとともに、グローバル化の潜在的なリスクも露呈した。
 中国は、2010年に日本を抜いて世界第2位の経済大国となった。今や世界最大の輸出国、サプライチェーンの中心的存在、そして米国の対外貿易赤字額の半分近くを占める国である。安全保障政策と密接に関わるIT覇権争いも絡み、トランプ政権でなくとも米中貿易対立は先鋭化していたと考えられている。
 その米国を含め、これだけのグローバル化に対し、感染拡大の前から世界の主要国はナショナリズムのうねりに身を投じているように見える。これを近代史の必然とする見方もあるが、東西冷戦が終結した際には「歴史の終わり」と言われ、対立勢力がぶつかり合う意味での歴史は終わったと見られた。
 しかし、世界ではその後も様々な抗争が続き、しかもちょうど文明間の断層で起こることから「文明の衝突」と評されるようになった。そして、それ自体がグローバル化の果たして反動なのか。明確な解の見つからないうちに。国境に壁を築き、経済同盟から離脱するなどナショナリズムが先鋭化し始めたのは事実だ。
 イギリスのEU離脱は、反米主義のフランスのゴーリズムに思想的淵源を遡る共同体とは相いれないものもあったのかもしれないが、経済と移民の問題だけで判断されたことは果たして正しいのだろうか。こうした問題提起がイスラエルの歴史学者からなされている。
 グローバル化の流れは続き、世界はナショナリズムでは答えきれない課題を抱えていると彼は訴える。端的にはITとバイオ技術の融合は雇用や生態系などに深刻な影響を与えうるし、地球環境問題、核戦力などグローバルな課題にはグローバルに対応すべきというごくシンプルな主張である。あたかもパスポートを所持して国境を越え蔓延していくこの感染症にも各国が共同で当たらなければ、ワクチンの開発・普及を急ぎ、社会や経済を不安から解放することは困難に思える。
 それまでわれわれにはなす術もないのか。このウイルスに対して今のわれわれはあまりに非力で、まるで戦力に圧倒的な差がある戦いを強いられているかのようだ。しかし、攻撃手段が乏しくとも抵抗し続けて「負けない闘い」を貫き、最後に打ち克った史実はいくつもある。
 その闘いをするのは、国でも自治体でもなく、われわれ一人一人だ。クラスターを作らないことから手洗いの励行に至るまで、自分と周りの感染リスクを最小化するためわれわれにもできることがある。一人一人がこのウイルスに抵抗し、負けない闘いを続けて行きたい。

2020年5月1日掲載

🆕 新着🏃【SOSしまね】‼
外出自粛が続く中、如何お過ごしでしょうか?
島根県内も新型コロナウイルス肺炎の影響から、人流、物流が滞り、良質な県産品の流通に深刻な影響が出始めています。そこで、羽田君らが新たな流通サイトを立ち上げ、支援を開始したものです。皆さまへの周知を宜しくお願い申し上げます。
東京双松会副会長 毛利信二

東京松江会会員の皆さまへ
皆さまの故郷・松江も新型コロナウイルス禍に襲われ、宿泊施設や飲食など観光関連業のみならず、多くの事業者さんが売上の減少に苦しんでいます。
松江観光協会としましても、そうした事業者さんを何とか支援して差し上げたいと考えてきましたが、このたび協力会社のひとつ、株式会社エードットが中心になって「SOSしまね」という販売支援サイトを立ち上げました。
このWEBサイト
「SOSしまね」
は新型コロナウイルス感染拡大による影響で……、
・商品の販路が急に閉ざされた
・在庫を過剰に抱えて困っている
・コロナ対策用の商品や企画を考えたが、広く知ってもらう術がない
など深刻な悩みに直面している事業者さんが、登録料や手数料などの費用なしで、独自の販路を掲載できるサイトです。
皆さまにおかれましては、ぜひ1度このWEBサイト「SOSしまね」を覗いてみてください。これは松江の事業者さんの悲鳴です。松江になくてはならないお店を支援するために、可能な範囲でご協力いただきますと幸甚に存じます。
 この取り組みをまとめた、事業者さん向けのチラシを同封いたしました。よろしければ、こちらもご一読ください。

2020年4月21日
一般社団法人 松江観光協会
参与 錦織裕司
観光プロデューサー 羽田昭彦
TEL 0852-27-5843
FAX 0852-26-6869
a.hada@kankou-matsue.jp


2020年4月24日掲載

🆕 新着🏃
リレーメッセージ第10回
吉田尚史氏(北高42期/平成3年卒)
第9回の火原彰秀氏(北高42期/平成3年卒)からのご紹介です。

同級生の火原くんからご指名を受けました吉田尚史です。ミャンマーのヤンゴン、その後東京にて、この文章を綴っています。暮らした土地の違いに注目して、病いと文化、そして人の死にまつわる事柄について、生活者の視点で書いてみることにします。
 ふたつ前の錦織さんと同様、国家公務員として在外公館(大使館)勤務をこの3年半ほどさせて頂いておりました。任地はふたつあって、最初はアフリカの島国マダガスカル、そして転勤となって、東南アジアの上座部仏教国ミャンマーへと移動しました。
 最初の任地では、中世ヨーロッパにおいて「黒死病」として恐れられたペストが毎年のように発生していました。例年であれば、外国人がペストに罹ることはまずないので、恐れる必要はありません。貧困とこの病いは無関係ではなく、衛生状態の悪い地区で患者が多く発生していました。ペスト菌は、菌をもつネズミを噛んだノミを介して人へと感染します。腺ペストというリンパ節(腺)が腫れるタイプでは、普段の生活において人から人に菌はうつることは稀です。
 しかし私の生活した2017-2018年シーズンは違いました。「肺」ペストという、ペスト菌が肺まで達するタイプの患者が、人口が集中する首都アンタナナリボで発生しました。首都には日本人も集中して住んでいます(とはいえ全部で60-70名程度)。肺ペストは、飛沫を介して人から人へと感染します。ペストが原因で死んだ人はペスト菌を含んでおり新たな感染を引き起こす可能性があるため、行政は家族から死体を引き離し持ち去ろうとしました。このことで住民との対立が起こって問題となりました。マダガスカル人にとって、死体は大切な「先祖」であり、単なる物質ではないためです。
 他方、ミャンマーで驚いたのは、ミャンマー人は「お墓を持たない」という話を聞いた時でした。率直に言って、衝撃を受けました。ヤンゴンでは、市内にある公立の火葬場で死体を焼いて灰にします。それで終わりです。その場で灰を廃棄すると言うのです。日本人の感覚からすると共感するのは難しいのではないでしょうか。本当かどうかと疑問に思い、もう一人のミャンマー人に事実関係を確認してみました。答えは同じでした。ただし多数派である上座部仏教徒ではないイスラム教徒、キリスト教徒、そして中華系の人びとはお墓を持つということでした。
 これは一体何故なのかと考えてみました。上座部仏教の大事な考え方のひとつに「輪廻転成」があります。死者の魂はこの世で何度も生まれ変わるという思想です。ミャンマー人は、善行を行い「徳」を積むことを良しとします。寄付行為をすることが生活に染み込んでいます。その背後には、より良い来世を得るという思想が横たわっているようです。お墓の話題に戻れば、死者の魂は次の人生に向かうので、墓は必要ないとなるのでしょうか。ただし、同じ上座部仏教国である近隣国カンボジアでは、パゴダ(お寺)の敷地内に先祖の墓を設けます。この差を不思議に思いました。機会があればより深く検証してみたい点です。
 最後になりますが、北高卒業後を簡単に振り返りつつ、文章を閉じたいと思います。医学部へ進学した後、一貫して(精神)医療を生業としてきました。早いもので約20年が経ちました。ただし私の関心はちょっと普通の医療者とは違っているかもしれません。医療者として仕事をしながら、医療そのものを文化として相対的にみるというものだからです。新年度からは、在外での経験を含めた学びを踏まえて、新たな職場で真摯に教育・研究・臨床活動に取り組みたいと考えています。

2020年4月9日掲載

🆕 新着🏃
第1回トークライブ@松江より
報告:羽田昭彦氏(北高27期)

出逢いは(たぶん)一昨年の東京双松会でした。
彼女から渡された名刺を見ると、「遣島使 銀座くらぶのん 山﨑寿子(寿々子)」とあります。「クラブのママさんですか?」と聞いた覚えがありますが、確かではありません。でも、Nice! と心の中で叫んだことだけは覚えています。だって、花のお江戸は“ザギン”のママですぜ。
山﨑さんとはそれきりでしたが、ぼくの方は、昨年4月から松江観光協会で観光プロデューサーなる仕事を始めました。
ある時、新聞社の松江支局長からノンフィクション作家(女性)の講演会に招かれました。彼女とは前の職場で何度かやりとりをしたことがあったので、ホイホイと出かけたんですが、彼女は2時間ほど講演すると、さっさと日帰りで東京に帰っていきました。
興味本位で松江支局長から彼女の講演料を聞いて、まずびっくり。彼女のその月の公演回数は4回にも及ぶと聞いて2度びっくり。ひとり机(いまはPCかな)に向かって原稿を書くのが、バカらしくなるような金額です。
「講演は交流にあらず」ってことなんでしょうか。でも、これって何か間違ってる。地元の人がもっと気軽に参加でき、もっと濃密に中央の俊英と交わえるやり方はないか。
少し遠回りをしましたが、それが山﨑ママを松江に呼んだ理由です。自分の限られた人脈を総動員し、松江と交流してもらう。それを観光プロデューサーの仕事としようと考えたのです。
まず、企画名を「くるま座」としました。ゲストが参加者に向かって一方的にしゃべるのではなくて、ゲストと“車座”になって語り合う場所にしたい、という思いからです。ゲストスピーカーは、比較的すんなりと10名を超える方々が応諾してくれました。「ギャラはいくら?」と、たぶん聞いてこない人に声をかけました(笑)。なかには、橋本大二郎さんや吉永みち子さんなど中高年にはお馴染みの名前もあります。そして会場は殿町の今井書店。川津校舎出身者にとって、聖地だった場所です(ぼくだけですか?)。
さて第一回はどなたにお願いしようと考えていたときに、ふと山﨑ママの名前が浮かんできました。思い切って電話をかけてみると、偶然、3月下旬の3連休に、お店の女の子と常連さんの4人で松江旅行を計画しているとのこと。新型コロナウィルスの拡散にやきもきしながらも、3月20日、なんとか本番にこぎつけることができました。
当日、今井書店2階の狭いスペースに50人以上がぎゅうぎゅう詰め。予想を超える盛況でしたが、うち6割7割はママ関係の方。ママご本人はもとより、市役所にお勤めのお姉さまや彩雲堂の山口周平社長など、北高の同級・同窓生が集客に協力くださいました。
山﨑ママは1993年北高普通科卒の第44期。3年時の担任は元北高校長の泉雄二郎さん(現島根大教授)だったとか。島根大学教育学部に進学しますが、卒業後はすぐに上京。歌手や舞台活動をする傍ら、25歳のときに銀座デビューします。話は、なぜ水商売の世界に飛び込んだかというあたりから始まりますが、やがて夜の銀座のシステムやしきたりに。山﨑さんがママをつとめる「くらぶのん」は43年の歴史を持つ老舗ですが、この店で12年がんばってきた誇りが、話の随所から感じられます。
「銀座の女の子はだいたい1、2年でお店を変わります。店に入ると、まずはお姉さんのヘルプをします。やがてお客さんがついて売り上げを伸ばしても、ヘルプのままだと、売り上げは全部お姉さんのものになるからです」
などという話は、耳にしたことがあっても、現役ママの口から語られると、なかなかの迫力です。会場は笑い声や驚きの声で包まれます。このトークライブのなかで、じつはぼくがちょっとエゲツナイ質問をぶつけたりしています。興味のある方は地元の山陰ケーブルテレビ(Mable)で近く放送されますので、ご覧ください。
放送日は次のとおりです。
4月25日(土)19:30~ 23:30~
4月26日(日)11:30~ 15:30~ 23:30~
4月27日(月)7:30~ 11:30~ 15:30~

最後に残念な情報を。
原稿を書きながらたまたま山﨑ママのfacebookをのぞいたら、3月30日(月曜日)から「くらぶのん」を休業する、とのメッセージが掲載されていました。新型コロナウィルスの影響は銀座にも忍び寄ったようです。 1日も早い再開を、願ってやみません。

リレーメッセージ第9回
火原彰秀氏(北高42期/平成3年卒)
第8回の錦織功政氏(北高39期/昭和63年卒)からのご紹介です。

錦織功政氏よりバトンを受けました火原彰秀です。錦織氏には、松江から東京に出てすぐの時期、東京のBusyさに目を回している自分に、高校の先輩として優しく接してして頂きました。今でも大変心強い先輩です。錦織氏の軽快なお話の次にやりにくくはあるのですが、高校・大学がらみのお話を考えました。
 私は松江北高理数科を卒業後、25年間の学生・大学教員生活を東京で過ごしました。2016年途中から東北大学に移り、仙台生活も5年目に入ろうとしています。大学生の頃からずっと化学や科学計測の研究をしています。
 2017年3月に、北高時代に生物を習った泉雄二郎校長先生(当時)とお目にかかる機会があり、その御縁でその年10月の理数科関東研修にて理数科2年生40名弱にお話をする機会を頂きました。いい機会なので、少し自分を振り返りつつ、今の高校生・大学生に期待することを考えてみました。
 私が松江北高を卒業した1991年3月は、まだバブル経済が終わっておりませんでした。社会が右肩上がりに拡張する空気を吸って高校生までを過ごしたと思います。情報環境としては、インターネット以前ですので、ある「情報環境中心軸」が存在する中で生活していた気がします。今思えば、楽観的・モノカルチャーな雰囲気で育ったのだと思います。
 これに対して、現在高校を卒業する皆さんは、生まれてからずっと、経済的には大きな膨張のない安定した環境のなかで生きていて、我々とは違う空気を吸って生きているのだと思います。情報技術の発展が当たり前で、多種多様な溢れんばかりの情報のなかで生活しています。意見は分かれるとこと思いますが、ある視点から見ると、安定した・マルチカルチャーな雰囲気、Developed Countryとしての日本の中で育った世代と言えるかと思います。
 このような環境変化にあわせて、社会基盤としての教育モデルにも修正が必要と思いますが、この意識を広く共有することには大変な困難が伴うように思います。「大学秋入学・ギャップターム導入」などへの、教育界内外からの大きな反発は記憶に新しいところです。各学校・大学で多様な取り組みがなされてはいますが、現状では一人一人の生徒・学生(とその保護者)が、新時代に目を開いて学びに努めなければならない状況であると感じています。ある意味悲観的なお話ですが、目を開いて見回せばチャンスは昔より広がっている、というお話でもあるかと思います。
 さて、理数科関東研修での講演ですが、自分の研究・キャリア・感じていることを交え、これから大学・社会に進む生徒さんに向けたメッセージとして、「理系の人生 ~大学教員あるいは個人の雑感~」というタイトルでお話しました。大学で学んでほしいことの第一は、教養を広める布石としての教養科目、専門性を高めて最前線に飛び出す準備としての専門科目などの「リテラシー」です。また、思慮深さと、協働・自律的活動・ツール/リソースの有効活用などを求められる、調査研究・ワークショップ型講義に代表される「コンピテンシー」関連の勉強をして欲しいことの一つです。これらの「能力」とともに、「環境選択」「自己管理」もキャリア上大事になることをお話ししました。これらのことを、「プロ・サッカー選手と理系研究者/技術者の類似性」に触れながら説明したところ、生徒たちから一定の理解が得られたと思います。とりわけ「パフォーマンス=能力xコンディション」であることは、印象的な概念だったようです。高校生が聞いたことのないお話をしようと意図した通り、感想文からは多くの新鮮な驚きが読み取れました。時代は常に動いていますので、各自の学びやキャリアの中の「変わるべきでないもの」と「変わるべきもの」を考えるきっかけになったのであればよいな、と思います。
 お堅い話になってしまいました。次のリレーメッセージは、理数科同期の吉田尚史氏にお願いしました。吉田氏は昔から同調圧力に影響されない自由な雰囲気を身にまとっていました。現在でもこの雰囲気を保っている貴重な友人だと思っています。ゆるいお話が頂けるのではないかと期待しています。

2020年3月9日掲載

特別寄稿 野津直生氏(北高67期/平成28年卒)
「MACHITERASU」

松江一中・北高卒業、現在法政大学4年生。2019年末、島根県内の中小企業24社の創業ストーリー・社内で働く方々の想いに特化して取材をした企業紹介冊子を作成、県内の高校2年生に向けて全7,500部を発行し寄贈されました。
島根県の教育委員会の後援、行政・民間・学校と各所の関係者の方々と協働されたとのことです。
学生起業家である野津氏の熱い想いとそのストーリーを会員の皆様にお伝えしたいと思います。
「報告寄稿ページ」をご覧ください。


2020年3月6日掲載

リレーメッセージ第8回
錦織功政氏(北高39期/昭和63年卒)

皆様、はじめまして。私は39期の錦織功政(にしこり のりまさ)と申します。
東京の大学を卒業後、旧大蔵省(現財務省)に入省し、以後、本省勤務や出向を繰り返して今日に至っています。入省時(平成5年)は旧銀行局に勤務し、あの金融危機の最初のステージを目の当たりにしました。のちに住宅専門金融会社(いわゆる「住専」)処理のため投入された国費6,850億円――その後の金融危機対応には桁違いの公的資金が投入されるのですが――という金額は一生忘れないでしょう。特に主計局は人使いの荒い職場で、最初は面白がってやっていた連日の徹夜作業も、そのうち身に堪えるようになり、日曜は一日中寮で寝溜めしておかなければ身が保たない有様でした。結婚後は多少まともな生活になりましたが、午前4時に帰宅すると妻から哺乳瓶のバトンタッチを受け、舟を漕ぎながら乳飲み子に授乳させていたのがまるで昨日のように思われます。

その後、在スペイン日本大使館の勤務(一等書記官)を命ぜられて家族一同マドリッドに赴任し、3年のあいだ一度も日本に戻らず異国の地で悪戦苦闘しましたが、現地の皆さんに助けられて有意義な駐在生活を送ることができました。また暫くの後、次は熊本県庁で企画振興部長として働くことになりました。息子たちも大きくなって東京の学校に馴染んでおりました故、今度は単身赴任。知事公舎真向いに建つ築40年の一軒家で昭和期の貧乏学生のような生活でしたが、仕事はとても充実していました。霞が関とはまったく違う視点から地域の課題に向き合い、様々な人々と膝を詰めて向き合いながら議論し、ときに酒を酌み交わしながら相手の想いを汲み取った末に、両者ギリギリの解を導き出す経験は、何物にも代えがたく思われます。ちなみに、どんな地で働こうとも、「此処ではこうなってるけど、島根ではどうだろう?」と、つい故郷に想いを馳せてしまうのは何故なのでしょうね。

一昨年前より復興庁に出向し、総括担当参事官として勤務しています。東日本大震災の発災から9年が経とうとするなか、今後の復興のあり方を再考して事業や組織のあり方を見直すべき、重要な時代の節目に立ち合う機会を得ました。その他人事や復興大臣のサポート業務まで担当させて頂くなど、非常にやり甲斐のある任務に日々身の引き締まる思いがします。被災地の復興を進めていくと実感するのが、我々の日常生活が様々な方面の様々な(外からは見えづらい)努力のおかげで成り立っているという事実です。官民の事業・サービスだけでなくコミュニティ(人々の繋がり)といった広義の「社会インフラ」がひとたび崩れてしまうと、元通りにするのには莫大な時間と費用がかかります。この状況を目の当たりにすると、全国各地で進行する「少子・高齢化社会」の行く末を垣間見ているようにも思われます。やはりそんな点でも、故郷の将来が気にかかります。

このように、職業生活はそれなりに充実しておりますが、私生活の充実も、ある意味それ以上に大切なことだと思っています。子供のころから色々なことに手を出してきましたが、今も変わらず続けているのは「魚釣り」だけでしょうか。私も皆様と同じように、物心ついた頃より宍道湖でゴズを釣り、シジミを掬ってきました。上京後は多忙のため一時途絶えていましたが、留学の際にフライフィッシング(西洋式毛鉤釣り)と出会い、帰国後は月一回の釣行を欠かさず愉しんでおります。山緑を縫って渓流に分け入り、澄んだ水面に毛鉤を投じると、ヤマメや鱒がそれを咥えようかどうか逡巡しながら近寄って来ます。それを待ち受けるときの期待と興奮は、煩わしい世事をすっかり忘れさせてくれます。この愉しみだけは決して忘れぬよう、これからも時間を作って渓谷に赴こうと思います。

(第7回赤井泰博氏からのご紹介)

2020年2月12日掲載

🆕 お知らせ🏃

東京双松会第65回総会のご案内
令和2年(2020年)10月17日土曜日11:00~15:00
場所:品川プリンスホテル宴会場
講演:宇田川貴生氏(北高31期/S55年卒)
日本バスケットボール協会
理事
講演テーマ【日本スポーツ界の現状と課題】
講演要旨【Bリーグ開幕、八村選手NBA、東京オリンピック等、日本バスケットボールの現状そして日本ス
ポーツ界の課題】
講師プロフィール:
公益財団法人日本バスケットボール協会(JBA)理事、審判委員長/インテグリティ委員長、審判担当ダイレクター
*integrity:誠実・高潔・真摯、組織のリーダーやマネジメントに求められる最も重要な資質

2020年2月3日更新

リレーメッセージ第7回
赤井泰博氏(北高39期/昭和63年卒)
☆写真最前列が筆者

松江北高普通科第39期卒の赤井です。東京に来て30年近く。私の近況をお伝えしたいと思います。
現在、私は「二足のわらじ」ならぬ「三足のわらじ」を履いています。①経営コンサルタント業②ワイン輸入業、そして③小さなイタリアワインバルの店主、というものです。
一つ目の経営コンサルタントですが、国内大手経営コンサルティング会社勤務を経て、2012年に独立してコンサルタント会社を立ち上げました。業界問わず中小規模の企業にお邪魔し、経営者にアドバイスをさせていただいています。お付合いが始まると、売り上げ、利益は毎年着実に伸び、数年もすると社員数も増え、大きな成長を遂げていることもしばしばです。ポイントは、クライアントが持つ長所を見つけ、伸ばすこと。これまでの経験から、成長するクライアント(経営者)の共通点は「素直で、努力を惜しまず、謙虚」であることだと感じています。と偉そうなことを言っていますが、たまたまそんなクライアントに恵まれただけとも思うことも(笑)。でも、コンサルティングの仕事を通して、組織の成長、社員の方々の笑顔を見ることができ、とても有意義な仕事であるのは確かです。
そして、ワイン輸入は2013年からスタートしました。実は、ワインの輸入を始めるまでアルコールで好きなものといえば国産ビールで、ワインのことは門外漢。しかも、輸入なんて…??? という感じ。そんな私がワイン輸入を始めたきっかけは、経営コンサルティングでした。日本のワイン市場に参入したいというイタリアのワイナリーが市場調査を依頼。市場を調べるうちに私自身がワインの可能性に惹かれて当事者としてワインビジネスにタッチしたいという想いが強く芽生え、輸入業者としてビジネスをしようと決意をしたのです。今は、毎年一定量のワインを輸入しています。定期的にワイナリーの所在するイタリア北部ピエモンテ州も訪問し、葡萄畑、ワイナリーの生産設備の確認や商談を行っています。なんと、日本では私だけが輸入するワインです。
最後のワイナリーの店主は……もうおわかりですね。「ワインを輸入しているなら自分の店で並べてしまえ!」と思い至り、
イタリアワインバー「アルゴヴィータ」
を2017年2月に神保町に開店してしまいました。これまた、飲食業未経験(オイ)。厳しい飲食業界の実状を踏まえるととてもリスキーな船出だったかも、と今でも思うことがあります。しかし、おかげさまでこの2月1日に開店3週年を迎えます。神保町の小さな店ではありますが、この店では本当にたくさんの出会いが起こります。性別、年齢、職業、国籍、出身地等を超えて、様々なお客様が来店されるのです。しかも、店内では常連のお客様はもちろん、初めてのお客様も、気軽に楽しく飲み、会話をしています。店内で交わされる、何もかもを超えた多岐にわたる話はとても刺激的で、私自身いつも勉強させていただいています。もちろん輸入しているイタリアワインが品揃えの柱ではあるものの、島根県出身者として地元の食材やお酒も時折ご提供して、島根県のPRもしています。島根県以外のお客様にも大変好評です。高校時代の同級生たちも、心配して頻繁に来店してくれており、その時はさながら同窓会が開催されたようににぎやかです。
そんなお店ですが、機会がありましたら是非ご来店ください! 「松江北高(松江高校)出身!」の合言葉でサービスさせていただきます!

(第6回吉添圭介氏からのご紹介)

2020年1月21日掲載

2020年新年会報告 1月31日金曜日
@品川プリンスホテル「カフェレストラン24」

新年会と幹事会を開催致しました。
世界的なコロナウイルス騒ぎの中、免疫力がとても高い15名が集いました。現役の大学生から現役引退された大先輩まで、老若男女の情報交換と交流は大変な賑わいの中、あっという間の2時間でした。
次回4月2日の観桜会は日本外国特派員協会で行います。会員によるミニ講演会も行うことが確定致しましたので、また、会員の皆様とお会いできることを楽しみにしています。

忘年会開催 2019年12月11日水曜日


東京ブレジュ倶楽部
青山サロンにて開催。
14名参加。食事の後、今話題の「人生会議」の一環として「もしバナゲーム」を行いました。
中高年男性10名2グループでの開催は実に異例です。「もしも余命半年」と言われたら、残された時間に何をするのか?というテーマ。自身の価値観と生き方を見つめるカードゲームです。自分の捨てた「価値観」を他者が拾うという、個人の尊厳についても考えます。お酒も入ってリラックスしながら有意義な時間だったと思います。(報告:嵯峨崎)

東京双松会総会報告
2019年10月19日
11:00~15:00

 令和元年となり、新たなメンバーでの「東京双松会第64回総会」を開催致しました。今回は、参加者の交通利便性を考慮して、品川駅前の品川プリンスホテルにて開催致しました。初めての試みでしたがホテル側とも打ち合わせを重ね、事務局一同仕事の合間に準備を致しました。お陰様で会員100名のご参加を頂きましたこと、心より感謝を申し上げます。来年は、令和2年2020年、200名の参加者を目標に東京双松会のネットワークが一層広がりますよう、更なるご協力を頂ければ幸いです。

事務局長 糸川孝一(S55年/北高31期)

     

【式次第 第1部】
会長挨拶 井原勝美(S44年/北高20期)挨拶
来賓挨拶 松江北高校長 常松徹先生
来賓紹介 双松会副会長 泉雄二郎様
     双松会幹事長 金平憲様
     北高校内幹事 足立芳樹先生
     近畿双松会会長 松本耕司様
活動報告 糸川孝一
会計報告 矢田修治(S46年/北高22期)
監査報告 宮城由美子(S53年/北高29期)
     

総会の詳細は、追って総会ページでご紹介させて頂きます。(只今準備中)

【式次第第2部】司会 加藤有紗(H22/北高61期)      

講演 山田佐世子(S41年/北高17期)
懇親会乾杯 石倉義郎(S30年/松高6期)
🌸懇親会🌸
エンターテイメント 岩井翔平(H22年/北高61期)→こちら
校歌斉唱 大岩篤郎(S42年/北高18期)
副会長挨拶 毛利信二(S51年/北高27期)

  •      

    年間行事のご案内

    今年の年間行事は下記の予定ですが、詳細は都度お知らせ致します。
    1月31日金曜日18時~:新年会
    4月2日木曜日18時~:観桜会
    6月:初夏の会
    8月:暑気払い・会報編集会議
    10月19日:総会
    11月:ゴルフコンペ
    12月:忘年会
    その他随時ご案内予定

    ☆イベント終了報告🌙
    2020年1月31日幹事会&新年会@品川プリンスホテル
    4月5日幹事会&観桜会@東京ブレジュ倶楽部
    8月31日暑気払い@日本橋「主水」
    10月19日総会@品川プリンスホテル
    10月26日双松会コンペ@ジャパンPGAゴルフ俱楽部 
    12月11日幹事会&忘年会@東京ブレジュ倶楽部

    ☆東京双松会リンク一覧☆
    島根県立松江北高等学校
    近畿双松会
    ☆東京双松会関連リンク先募集☆
    各期同窓会、お仕事関係のネットワークを広げたいと考えております。
    リンク先(ご許可頂ける先)ご存知の方はお知らせください。
    tokyososyokai@gmail.com

    2019年4月5日
    観桜会@青山
    第二回幹事会&観桜会を青山の「東京ブレジュ倶楽部」にて開催致しました。
    参加者の20名は、平成卒業生から松高卒業の80代まで幅広く集いました。
    井原会長の挨拶、石倉顧問の乾杯の後、島根和牛のローストビーフ等 島根の食材をふんだんに使った美味しいフレンチを楽しみながら和やかなひとときを堪能しました。
    会の中盤、参加者ひとりひとりの自己紹介と近況報告が行われ、より親しみを深められ盛会のうちにお開きとなりました。
    事務局 糸川孝一(S55年卒)

    2019年8月31日
    暑気払い@日本橋「主水」🍢🍻
    井原会長主催の暑気払い(納涼会)を日本橋のしまね魚酒場「主水」で開催致しました。芦田前会長を始め、東京双松会イベントに初めて参加される方も含めて18名が島根の銘酒や懐かしいお料理に舌鼓を打ちながらあっという間の二時間でした。

    各イベントの参加申し込みはこちらへ↓
    tokyososyokai@gmail.com

  • リレーメッセージ第6回
    吉添圭介氏(北高39期/昭和63年卒)

    吉添圭介と申します。吉添理恵子の「兄に頼めばよいや。」という安易な指名により、令和元年のオオトリを務めることとなりました。どうぞよろしくお願いいたします。
     「このHPを私の拙文で汚してよいのだろうか。」と恐れおののきながら、参考のために過去のリレーメッセージを見ると、・・・4回目までは、27期(昭和51年卒)の先輩方の格調高いメッセージ。自分には無理だ、と逃げ出したい気分。でも、前回の我が妹のメッセージは、・・・申し訳程度に高校時代の思い出に触れつつも、終始一貫、自分が出版社で編集した本の宣伝。なんという格調の低さ!妹よ、ハードルを下げてくれてありがとう!
     と言っても、私には、皆様が関心のありそうな話題も、宣伝する材料さえもなく、とりとめのないメッセージになりそうです。ご容赦を。

     今日はクリスマス。我が家でも、小学一年生の息子の枕元にはサンタさんからのプレゼントが置いてありました。実は、昨日の晩、息子に「パパ、サンタさんが来るところを見たいから、スマホのビデオをここにセットして、一晩中この部屋の入口が映るようにしておいて。」と頼まれ、対処に困っていました。作戦を考え、今朝、「サンタさんって人に見られるのが嫌だから、一晩中起きている人のところや監視カメラのあるところには来ないんだって。一晩中起きて待っていてプレゼントがもらえなかった子もいるんだって。このことを思い出してよかったよ。もし撮ってたら、来てもらえないところだった。」と説明し、喜んで納得してもらえました。「猿蟹合戦」(動物はもちろん、牛の糞や臼までもが大活躍するお話)でさえ、「これって本当の話なのかなあ。」とまだ半分は信じる気持ちのあるお年頃です。しばらくは真実を隠しておきたいものです。
     そんな息子が、来年早々、剣道教室に見学に行きます。何を隠そう、私は、高校時代は剣道部員。その後、大学でも剣道部に入り、社会人になっても細々とですが剣道を続け、質実剛健、文武不岐を合言葉に、彼女いない歴も長期に渡る硬派な人生を過ごしてきました。以前は剣道を勧めても嫌がっていた息子が行く気になったきっかけは「みーちゃん(幼稚園時代の美人同級生)が剣道を始めたいんだって。」の一言です。この軟派ぶり、パパの硬派ぶりからは考えられません。
     息子のお友達の半分ぐらいはサッカー教室に行っています。ママも昔は「サッカーをやらせたい派」でしたが、今のママは、「剣道をやらせたい派」になっています。息子が(きっかけはともかく)剣道に興味を示していることを喜んでいます。今年「ONE TEAM」で有名になったラグビーの紳士ぶりに比べ、サッカーには、「オレがオレが、という自己中心的な性格が求められる。審判が見ていないところで悪いことをする。サポーター同士が殴り合い、殺し合う。」というイメージがあります(サッカー部の方、申し訳ありません。若干誇張した悪いイメージです。もちろん、私のイメージではありません。高校時代のサッカー部の友人はみなイイ奴です。)。剣道の場合は、「一本」を取ってガッツポーズをするとその「一本」を取り消されるという礼儀に厳しい武道です。柔道のようにオリンピック種目になると、そういう良い面が失われるため、日本の剣道界がオリンピック種目になるのを拒んでいると聞いています(「オリンピック種目になれないからそう言っているだけだろう。」などと、からかわれることもありますが。)。こういう話をしながら「サッカーより剣道がよいかもよ。」とママを洗脳して来たのが、最近効いてきたようです。

     最後に、仕事の話も少し。私は、今、消防職員が救急救命士の資格を取るための研修所に勤務をしています。建築物の不燃化や防火意識の高まりなどにより火事は減少していますが、救急搬送は高齢化などで増加し続けています。お正月は餅をのどに詰まらせて救急車で運ばれないようご注意下さい。
    (救急振興財団審議役、救急救命東京研修所副所長)

    2019年12月25日掲載

         

         

  • リレーメッセージ第5回
    吉添理恵子氏(北高42期/平成3年卒)
    第4回の羽田昭彦氏(北高27期/昭和51年卒)からのご紹介です。

    この度リレーメッセージのご指名を受けました、吉添理恵子と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
     約30年前の松江北高生時代は、合唱部の練習に励む毎日でした。また、休み時間や放課後に図書室で本を借りまくったり、司書の先生や友達と、小説や漫画の話に花を咲かせていたのもよい思い出です。
     そこで培われた本への愛が止まらず(?)出版社に入社。20年近く女性漫画誌に関わった後、現在は児童書編集部で『ちびまる子ちゃんの整理整とん』『マナーとルール』『時間の使いかた』などを担当しています。(子どもの生活に役立つ内容を漫画で楽しく紹介していますので、お子さんやお孫さんにオススメです♪←宣伝)
    そんな中、初めて担当した図鑑『博学王 13 1/2のビックリ大図鑑』が今秋発売されました。世界トップクラスの図鑑出版社DK社から世界15か国で刊行され大人気のエンタメ図鑑で、大迫力のビジュアルと、知的好奇心を刺激する80テーマ、「いつも食べているバナナはクローン!?」など1テーマにつき13項目プラスアルファのビックリ知識がギッシリつまっているのが特長です。(←また宣伝)
     そしてこの度、日本の「博学王」といえばこの方! 林修先生が、この図鑑を推薦してくださいました。インタビューさせていただいたのですが、その際に林先生から、こんな興味深いお話をおうかがいすることができました。
     「この図鑑はビジュアルもテーマも解説もまとまりすぎていないからこそ、子どもは読むとさらに調べたくなるだろうし、自分なりにまとめたくなるでしょうね。大事なのは、そうやって自分なりに好奇心を持って、整理して咀嚼した知こそが、真に自分のものになるということ。そして、長く財産として残るということなんです。」
    林先生も小学生の頃、大河ドラマから「源氏」にハマって、図鑑や百科事典、歴史本などを片っぱしから読んで、清和天皇からの家系図を作り続けたとのこと。調べたことをどう自分なりに整理するか、試行錯誤を繰り返すうちに、歴史が得意になっていたそうです。
     そういえば私も、中・高時代に小説や漫画にハマったときは、何度も読み返したり朗読したり、それに飽き足らず相関図を作ったり、果ては登場人物に宛てて日記を書いたりしていたっけ…(私のは完全に黒歴史ですが)。でもそれが現在の編集者という仕事につながっているのですから、案外ムダではなかったのかもしれません。
    松江北高は、勉学はもちろんですが、部活や文化祭(懐かしのページェント!)をはじめ、自分が興味を持ったこと、好きなことに邁進できる、よい学校だったなあと、今になって思います。東京在住のため息子たちを松江北高に通わせることはできず残念ですが、彼らにもそんな実りのある高校生活を送ってほしいなあと思っています。
     そうそう、林先生は、こうもおっしゃっていました。
    「子どもが興味を持つには、何かしら外部からの情報が必要です。どこに反応するかわからないから、親はたくさんの情報を与え続けることが大切。「知の入口」となる『博学王』の中から、僕の「源氏」のように、自分だけの“好き”を見つけてもらえたらと願っています。」

     これからのクリスマスシーズン、お子さんお孫さんへのプレゼントにぜひ、『博学王 13 1/2のビックリ大図鑑』をご検討ください♪(←最後まで宣伝にて失礼いたしました!)
    『博学王 13 1/2のビックリ大図鑑』特設サイト

    2019年11月28日掲載